「篤姫」のことを書こう書こうと思いつつ、
どのタイミングで書くべきか迷っていたのだけれど、
今日のオンエアで取りあえずひと区切りであろうから、書いてみようかな、と。
が、しかし。実は、今日の放送はまだ見ていない。
もちろん録画してあるのだけど。
すぐにも見たいようであり、見たくないようでもあり。
だってだって。家定が死んじゃうなんて嫌だ?(泣)

元々あたしは堺雅人という役者が好きだったけれど、
それは独特の雰囲気を持ったちょっと変わった役者ということであって、
男性として好みのタイプというのではなかった。
なのに、この家定をやっている堺雅人は、
男としてめちゃくちゃ魅力的に見えてしまう。
いったい、それは何故なのか。

毎回そう考えていて、ある時、ふいに、あ、と思った。
そうか、この「篤姫」は、ある意味「少女漫画」なのだな、と。
と言っても、少女漫画が悪いわけではない。
そのこと揶揄しているわけでも、けなしているのでもなくて。
ただ少女漫画の定石ともいえる――女子が胸キュンを覚える――ツボを、
ものすごく上手く押さえてあるのだ。
そう考えると、すべてがすとんと腑に落ちる。

婚礼の儀まで、なかなかたどり着けない焦れったさ。
日に日に募る、上様への興味。
が、その上様は、「うつけ」という噂。
美しい側室(=ライバル)お志賀の、
うつけであろうとなかろうと構わない、あたしは上様が好きだから、という宣言。
(ここで初めて篤姫は「好き」という恋心を知ることになる)

そして、ついに問題のシーン。
噂を鵜呑みにするのではなく自分の目で確かめたい、という篤姫が、
家定と共に庭ではしゃいでいるうちに、よろけて橋から落ちそうになる。
あ、と思った家定は、その一瞬、迷う。
ここで篤姫を助ければうつけではないことがばれてしまう。
が、次の瞬間、仕方がない、と、迷いを振り切り、
そのとたん、さっと腕を伸ばし、篤姫を抱き留めて、抱き寄せる。

たったこれだけの短いシーンで、しかも台詞は一切ナシ。
なのに、このときの堺雅人の演技に、
思わず、どきっとしてしまった女子(?)は多いはず。
(実際、このシーンは話題になり、
 WEBにも「胸キュン」という言葉が飛び交っていた・笑)
この胸キュン事件(?)で、視聴者(特に女子)の視線は、
一気に家定に向かっていく。
ここからは、二人を引き離そうとする姑との小競り合いもあり、
特命を担っているゆえの苦悩もありながら、
二人はしだいに信頼を寄せあうようになる。

うつけだと思っていた男が、実は聡明すぎるほど聡明な男で、
しかも、たくさんの悲しみを背負っていて、
美しい恋のライバルがいたにも関わらず、
男は、自分だけに心を開き、本当の姿を見せてくれるようになる。
しかも、ふたりの関係は最後までプラトニック。
これぞ、少女漫画の定石、恋の方程式でなくて何であろう(笑)

しかも、男はただ頭がいいだけではなく、
何事においても意見を求め、きちんと耳を傾けてくれて、
ちゃんと自分のことを「人」として「女」として「認めて」くれている。
これって、現代における「女にとっての理想の男」なのではなかろうか。
これがただの「俺についてこい」的な男であったら、
いくら魅力的な男であっても、現代の女達の賛同は得られなかったかも。

娘時代の篤姫は、聡明で意志も強く自由奔放で野心もあり、
という、この時代にしては(いや現代においても)アッパレな女子で、
結婚するなら「日本一の男と」と、
堂々と(しかも清々しく)宣うようなキャラである。
その篤姫が、自分が担った重大な使命を翻してでも、
「徳川家の為に生きる」と思うようになっていく。
そのことを視聴者に納得させるためには、
家定がそれに価するような魅力的な男に見えなくてはならない。
自分の意志をしっかりと持った篤姫のような女が、
この人の為に生きようと思うようになるのだから、
家定は篤姫にとっての「日本一の男」だと誰もが納得しなくてはならないのだ。

その為には、少女漫画のようなきっちりツボを押さえた道筋が必要だった。
でありながら、それが少しも陳腐でもなく幼稚でもなく、
少しのあざとさも感じさせない。
そのことが、何よりもスゴイと思う。
それはやはり、脚本、演出、役者のすべてが、絶妙だったからだ。
じっくりと焦らず丁寧に、細かいところまで手抜きをせず、
ひとりひとりの人物をきっちりと創り上げてきたからこそ、
ここまでの説得力が生まれたのだ。

時に、サスペンスドラマのようなカメラワークや音楽になったり、
これはコントか、と突っ込みたくなるような演出もあったりして、
その遊び心も、スタッフや役者が楽しんで創っているように思えたり。
面白いドラマというのは、全てが良い方向に転がっていくものなのだな、
と、つくづく思う。

さて。
家定亡きあとは、どうなるのか。
これからは篤姫に一気に視線が集まるようになるのだろうから、
それもまた見物ではある。

あるのだけれども。
もう家定に会えないなんて、淋しすぎる?。