sleepwalking@田川ミメイ

モノカキ田川ミメイのムック本「ミ・メディア」の元となった03~05年までのWeblogMook。なんでもありの夢ウツツ・データベース。

2005年10月

ダンスはうまく踊れない

なんとなく、今日は調子のくるった1日だった。
リズムがうまくとれない、とでもいうような。
ステップがうまく踏めない、とでもいうような。
まったくもって、ダンスはうまく踊れない、という感じ(?)

珍しくミメオがトウキョウへヒトリで出かけたせいなのか、
その予定にあわせて、いつもと違うペースで動いていたせいなのか、
すべてが「進行形」の「途中」で終わってしまった。
あれもしたい、これもしなきゃ、と、
あっちこっちひっくり返しているうちに、本日終了のゴングが。
カキモノ整理もはかどらぬまま。
自分のことだけじゃなく、「家事」に関してもそうだった。
いつもフタリでやってることを全てヒトリでやるとなると、
なんだかやたらに慌ただしい。
うーむ。
もうすっかり「四六時中フタリ暮らし」に慣れてしまったのだなぁ、と思う。
2年前までは、ちゃんと専業主婦やってたのに。
(そりゃ、もちろん、グータラ主婦ではあったけど)

でも。
夕方ミメオが出かけるときに、あたしも一緒に駅まで行った。
ジャケットをぴしっと着てちょっと仕事モードっぽいミメオの横で、
いつものパーカーにジーンズ姿でぱたぱた歩くあたし。
まるで、仕事をさぼって逢いにきたオトコを送りにいく愛人みたい、
などと思ったりして、ちょっと楽しかった。(何考えてんだか)

それに。
今日は、遠方から、すごく嬉しいオタカラが届いたりもして、
それはほんとに大きな収穫。
このことについては又後日じっくりと。


というわけで。
今日はブログもハンパもん。

♪ダーンスはうまくおどれない

相済みませぬ。


タテガキブログ!

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ここにも遊びにきてくださる「さて」さんから教えて頂いたのだけど。
なんと、↑の画像は、「縦書きブログ」
「縦書きブログサービス」というものがあるのだそうだ。
http://www.skyarc.co.jp/01/564.html


こうやってみると、
日本語はやっぱり「縦書き」だなぁと思う。
長い文章が、断然読みやすい。
たしかにWEBで読む日記とか、ちょっとポップな内容とかだと、
横書きのほうが合っているのかもしれないけれど。

でも、これはまだブログのポータルサイトというわけではなく、
個人的に契約して有料で使う、という感じらしい。
でも、こういうものができたということは、
そのうちブログポータルサイトなどでブログを作るとき、
「縦書きバージョン」も選べる、っていうことになるかもしれない。
そうなるといいな。


ということで、今日は時間切れ。
WEBカキモノの整理は、思いのほか大仕事。
あたしこんなにたくさん書いてたっけ、と思ったり。
でもやっぱりこれは必要なことだったな、と思う。
だって、書いたこと忘れているようなものも出てきたりするから。
皆さんも今まで書いてきたブログ、
たまには読み返してみてはいかがでしょう。
あ、こんなことあった、とか、
こんなこと書いたんだっけ、というのが、
きっと必ず出てくるから。
宝探しみたいで(反対の場合もあるけど・とほほ)
なかなか面白いですよん。

さて。
今日はこれまで。

おやすみなさーい。




自分で本を創る―DIY出版―

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今日は、「本」のお話し。
本は本でも、手製の本。
もちろん、今WEBでは「オンデマンド出版」という方法があって、
原稿さえあれば簡単に本を作ってもらえるので、
(費用もシステムも多種多様。中には無料出版というサイトもあり)
それもひとつの方法だけれど。
でも、今日はひとまずそれを置いておいて。
あえて「手作り」の「本」について。

というのも、先日のエントリー「西原正・作品集『音函』」にも書いたように、
最近WEBで、素敵な「自家製本」を見かけるようになってきたのだ。
詩を書いている人にとっては、
私家版や手製の本は馴染みのあるものだろうけれど、
(しかも詩の世界では私家版がきちんと評価される)
それ以外のカキモノ(例えば小説やエッセイ集などの頁数の多い本や、
写真集や料理本などの画像の多いもの)の「自家製本」というのは、
今まであまり見かけなかった。
「自費出版」はあっても、「手作りの本」は少なかった。
が、さまざまなPCツールやデジタル製品が普及した今、
そういう本でも自分で作ることができるようになってきたのだ。

現に芥川賞作家保坂和志氏のサイト</a>では、
87歳の現役作家であられる小島信夫氏の小説『寓話』と
『菅野満子の手紙』を「本」にして発売するプロジェクトが組まれている。
(発起人は保坂氏。もちろん小島氏の承諾を得てのこと)
これも自費出版ではなく、有志による原稿入力、製本、販売、という、
完全なる「手作り」の本なのだ。

そんな動きを象徴するかのように、この秋発売されたのがコレ。
◆「一太郎 文藝」
http://www.ichitaro.com/bungei/index.html
あたしも原稿書きは、もっぱら一太郎を使っている。
従来の一太郎も、フォーマットを自分の好きなレイアウトで
作ることができるので、日本語の原稿書きには最適なのだ。
(原稿は最終的には「紙に縦書きで印刷」することになるので、
あたしは最初から30字×40行の「縦書き」に設定して縦書き入力している)
が、それに加えて、この「一太郎 文藝」は、↑の画像にあるように、
原稿用紙入力したものも読みやすくなっている。
(従来のどんなソフトでも、原稿用紙フォーマット入力して印刷すると、
かなり読みにくくなる。公募などに応募する際、このフォーマットは
不利になるので使うな、と言われているほどだ)

でも、それより何より特筆すべき点は、この「文藝」には、
「文芸書」仕様のフォーマットが入っているということ。
『市販の文芸作品と同様の「小説、論文、詩、短歌、俳句」などの
ブックサンプルを搭載(本文用 21点、目次3点、扉2点、奥付4点の計30点)
作品のイメージにあった体裁で、大切な作品をとっておきの一冊として
仕上げることができます。』
なんと「目次」や「奥付」まで。
しかも、よく書籍に使用されるフォントも入っている。
「文藝」専用辞書も、類語辞典も入っているし、
表記ゆれチェックなどの校正機能もすぐれている。
自家製本を作る作らないにかかわらず、「原稿書き」に向いていることは確かだ。

さすがにお値段はちょっと高いけど(WEB価格?44100[税込])、
でも一太郎ユーザーは優待価格で買えるし。
欲しい。どうしよう。
「2000本限定」っていうから、そろそろ決断しないとなぁ。
ううむ。

が、しかし。
たいていのPCに入っているであろうWordでも、もちろん原稿は書ける。
本が創れるのだ。
◆「Wordで作る自家製本」
http://jikasei.fc2web.com/

あたしは、年賀状もポストカードも写真のアルバムもカレンダーも、
つまり「原稿」以外の印刷物は全部Wordで作ってしまうので、
画像を多く使う本や、本の表紙を作る時などは、むしろWordのほうが
オススメかも。

さて。
できあがった原稿を「本」のカタチにするには、
とにかく「綴じ」なければならない。
頁数が多くなればなるほど、これが問題になってくる。

◆「斑猫のペぇジ</a>」さんのコンテンツにある「自家製本の作り方」

こちらで紹介されているのは、「糊付け」方法。
斑猫さんが独自に編み出した方法だそうで、なるほどこれは、簡単で低コスト。

◆「book bar」さんの「糸だけ製本」</a>

こちらは、「糸でかがるだけのお手軽製本」ということだけど、
なかなか味があってイイカンジ。
DTPソフトで原稿を作る「文庫本」サイズの本として説明されているけれど、
この綴じ方は、他のサイズでも参考になるのでは。

◆DIY産直出版を提唱している「あくり出版」</a>さんの
「クルミ製本角布固め法」
↑この頁のずーーっと下の方に、この方法の特徴が載っています。

ここでは、「製本キット」も販売していて、かなり本格的な「製本」ができる。
価格は1万円前後するけれど、一度買ってしまえばずっと使えるし。
オプションを足すことで、一度に作れる冊数を増やすことも可能。
この方法だと、「裁断」しなくても、きれいに製本できるとか。

◆そう「裁断」
これも自家製本では、ひとつの難所。
市販の本を見ると分かるけど、束ねた原稿はきれいに揃っている。
でこぼこしてない。
これは綴じた原稿の端を裁断機ですぱっと切断しているからだ。
でも、そんな「裁断機」が家にある、なんてヒトはまずいない。
薄い本の場合は、カッターで裁断することも可能だけど、
頁数が多いと、かなり難しい。
だから、多少の不揃いは目をつぶるか(作品や装丁によっては、
それも味があっていい、という場合もあると思うけど)、
あるいは街の印刷屋さんに裁断だけ頼むことになるのだろう。
と、思って検索していたら。
「図書館」に「裁断機」が置いてある、ということが判明。
もちろん、その有無は図書館によって違うし、
その性能も(何枚まで裁断できるか)違うと思うけれど。
でも、近くの図書館にあたってみるのも良いかもしれませんよ。


◆◇

本を出版する方法は昔よりずっと多様化している。
でも、その反面、巷の話題をさらう本は同じようなものばかり。
もっと色んな本があっていいのでは。
もっと色んな本が読みたい。
WEBでよく目にするようになった手作り本を見るたびに、
そんな声が聞こえてくるような気がする。
例えば、短編1本だけの本だって作れるのだ。
あるいは、ブログの抜粋本だって。
我が家のレシピ本だって。
できた本は、自分のWEBやブログで販売できる。
価格を安くすれば、読み手も気軽に買えるようになる。

書き手の個性がそのまま現われているような「紙の本」が、
WEBにずらりと並んだら面白いだろうな。
その中からお気に入りの1冊を見つけるのも、また楽しい。
このヒト!という新人作家を見いだす楽しみもうまれるかも。

あなたも創ってみませんか。

Do It Yourself.



◆◇◆

またもや長くなりましたが(毎度のことか)
これは一度まとめておきたかったので。

それにしても。
夜になると「歯が浮いて」くるのは何故だろう。
昼間はどうということもないのに。
やっぱり肩こりのせいなのかな。
いや、トシのせいなのか。
うーむ。

って、そんなことで唸ってないで、早く寝ろってことですかね。
えへへ。



御礼―いっぺん・800字―

ええと。
書きたいこと、書いておかなくては、というものが溜まっているので。
今日は2連投。
よろしくおつきあいのほどを。
(この記事以外に、もうひとつアップしてるので、
 遡って↓見てみていただけると嬉しいです)

さて。
何度かここでお知らせしていた「いっぺん」の800字。
http://kohinata.exblog.jp/3602981/
20日の〆切を迎えて、
なんと、TB数20、コメント数50。
「お題」を出題させて頂いた責任上、かなりどきどきしていたのですが、
こんなにたくさんの作品が集まるなんて。
感激です。
参加してくださった皆さん、ありがとうございました。
なんだかおこがましい言い方で申し訳ないのだけど、
でも、ほんとに、集まった作品のレベルの高さに驚きました。
こんなにたくさん「書ける人」がいるんだ、と。
うぅむ、あたしもがんばらねば?、と、心底思ってしまった。
しかも、今回初めて小説を書いた、という方もいて。
(なのに上手いのは、なんでなんだ)
そういう方達にも「書くことって楽しい」と思ってもらえたら嬉しいな、
と、そんなことを考えながら、ひとつひとつじっくりと読ませて頂きました。
すべての作品に、短い感想を残してきたつもりですが、
もしかして見逃してしまったりしてるのでは、と、ちょっと不安。
もしも、参加してくださったのに、
あたしの足跡が見あたらないよーって方がいたら、ぜひ挙手を。
責任とか義務とかそういうことではなく、
ただただ「読みたい」と思っているので。
どうぞ、よろしくお願いします。

そしてそして。
「いっぺん」の運営者である小日向とわさん、
お疲れさまでした。
おかげさまで貴重な経験をさせて頂きました。
それに、すごく楽しかった。
ほんとうにどうもありがとう。

そして、今回とわさんが書いた「いっぺん」は、
伊藤慶奈さんの作品に向けたものでした。
で、そこにはこんな呟きが。
『あたし自身が書きあぐねていたとき、「あー、800字があったらなぁ」と
幾度も思った。「お題、ほしぃ」と探しにも行った。』
探しに行っても、なかなかコレだというのが見つからず、
とわさんは結局、自分で800字を始めたのだという。
求めているものがないのなら、自分で始めちゃえ。
そう。これだ。
やっぱり今、こういうことが起こり始めてる、と、
あたしはひとりニンマリしてしまったのでした。

でもって、この「いっぺん」面白いです。さすがです。
ぜひ読んでみてください。
とわさんに、
『いい意味で「アホか」なの。
 本当の意味で「変態」なの。
 でも、それが第三者を意識したモノカキの姿勢なのだと思う。』
と言わしめた慶奈さんの作品も、ぜひ。
このお題で慶奈さんは3作書かれているので、
できれば全部読んでみてほしい。
アホであっても変態であっても、(慶奈さん、ごめんよー)
読み終えたあと「嫌な感じ」が全く残らない。
こういうふうに書ける人って珍しい。
どうぞ、お楽しみあれ。
ただし、珈琲片手に、というのはやめたほうがいいです。
きっと、思わず吹きだしますから。
ふふふ。

もちろん、他にも素敵な作品がたくさんあります。
透明感あふれる美しい作品も、背筋がぞくっとするような小説も、
文芸作品と呼びたいものもあれば、サスペンスドラマ風もあり。
ひとつひとつに、その人ならではの世界がある。
ぜひ、ひとつでも多く読んでみてください。
きっと、あなたの好きな世界がみつかるはず。
そしたらまたひとつ、世界が広がることになる。

作品一覧はコチラ↓からどうぞ。
お題:「水曜の夕暮れ/曲がり角で/硝子の小瓶が」ENTRY LIST
http://kohinata.exblog.jp/3651174/

◆◇

考えてみれば、この800字こそ、ブログに適している。
志し半ばで消えてしまったゴザンスは、
ある意味で、時代の先を行きすぎていたのかも。
それに、とわさんがまとめてくださった
作品一覧のエントリーを見て思ったのだけれど。
これは、まさしく「本の目次」
この「目次」から、タイトルを選んでクリックすると、
その作品がはらりと開く。
まるで「本」そのもの。
つまりこれは、ひとつのテーマにそって書かれた「アンソロジー」、
あるいは「作品集」なのだ。
ブログで800字をやると、「本」になる。
しかもそれは、広大なネットにのびのびと両手を広げた、
世界一大きな本。
ううむ。
これってすごいことかも。

「ブログ」というと、どうしてもニュースや娯楽、
あるいは日記に適していると思いがちだけど、
ほんとうは「文芸」にこそ向いている。
と、ずっと言い続けてきたあたしの思いを、
とわさんが証明してくれたような気がする。
うれしい。

さて、その「いっぺん」では、もう次の「お題」が出題されています。
我こそは、という方、ぜひ参加してくださいね。
「初めて」という方も、お気軽にー。
「いっぺん」



◆◇◆

デスクトップにブログを3つも4つも重ねて表示して、
Aブログのこの記事をBブログへ、
Bブログのこの記事をメモ帳へ、
なんてことをずっとやっていたら、肩がこりこりに。
やってること自体は「作業」ともいうべきもので難しくなどないのだけど。
なにしろブログはそれぞれシステムが違う、
しかも開いたり、アップしたり、再構築するのに、
どれも微妙な「間」がある。
そのわずかな待ち時間がいけないのだ。
ボタンを押したとたんにポンッとアップされるなら、
作業はサクサク進むからそれほどストレスはない。
テンポよくサクサク進みたいのに、進めない。リズムがとれない。
どうやらそれがストレスを産むらしいのだ。

で、どうにもならず、マッサージをお願いした。
気功師ミメオに。
いやぁもう、どこもかしこもコリコリで、痛いのなんの。
でも、そのおかげで身も心もぐったりほぐれ、
ほぐれたはいいけど起きあがれず、そのまま爆睡。
目覚めたら、すっかり夜でした。
とほほ。

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起きたあたしにミメオがデジカメを見せてくれた。
夕焼けがすっごくきれいだったから、と。
ふわぁ。すごい。
まるでこの世じゃないみたい。
と、寝ぼけたまま、ぼうっと写真に見入っていたあたし。
夜の7時に。
はぁぁ。
すいません。

なにからなにまでお世話になります、ミメオ殿。

コトバとあそぶ―道後寄席―

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松山市立子規記念博物館にて行われる「道後寄席
子規記念館の館長は、雑誌「広告批評」を創刊したことでも名高い
編集者でコラムニストである天野祐吉氏。
その天野氏が中心となって開催される「道後寄席」は、
今年で3年目なのだそう。
寄席は8月の「第一夜」から月に一度ずつ、第5夜まで。
その「通し券」(15000円)が、すぐに完売してしまうという。
もちろん「一夜」だけの券も販売されるのだが、
それも「抽選」に当たらなければ購入できないほどの人気ぶり。
招かれるゲストのジャンルは、実にもうさまざまで、
しかも天野さんが興味を持つ面々なのだから、
どの方も独特の個性を持ち、何かに特出していて、
独自の世界を確立している人たちばかり。
なるほど、人気が高いというのもうなずける。

かねてよりあたしは広告畑でもないのに天野さんの「広告関係の本」が好きで、
TVで拝見する天野さんのお喋りが大好きだった。
だから、その天野さんが司会を務める「道後寄席」の第三夜に
クミコが招かれたということを聞いたとき、
即座に、これは行かねば! と、コブシを固めていたのだった。

会場は、子規記念館の4階講堂。
そのパンフレットには、こんな天野氏の【席亭口上】が。
『おなじみの道後寄席です、
 ことしも“ことば”を楽しんでください。
 “ことば”とあそんでください。
 子規さんといっしょに、首をながーくしてお待ちしています。』
天野さんは、この道後寄席が始まったときから、
クミコをゲストに呼びたいと思っていたそうである。
その証拠に(?)9年前にクミコにサインしてもらったという
CD「世紀末の輪舞」を持っての登場だった。

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オープニング。
舞台のバックスクリーンにクミコの「わたしは青空」のPVが映し出される。
その2コーラス目から上條さんのピアノが始まり、
客席後方からクミコが登場、そしてナマ歌が始まった。
しかも客席中央には一段高くなった「花道」まで設えられている。
コンサートでもなかなかお目にかかれない凝った演出に驚く。

天野さんはクミコの歌の魅力を、こんなふうに語っていた。
『ふつう、聴き手は、その歌詞に描かれている情景を
こちら側から眺めている。客観的にコトバを聴いている。
でも、クミコさんの歌を聴いていると、
いつのまにかその「情景」の中に自分がいることに気づく。
端から眺めているのではなく、歌の中に入り込んでしまっている』
コトバに、感情をのせて伝えられる。
そんな歌手は滅多にない、と、ベタ誉めの天野氏。
ふつう、「道後寄席」は「トーク」がメインなのだそうだが、
この夜に限り、できるだけクミコの歌に時間を使いたい、と。
どうやら、一番彼女の歌を聴きたがっているのは、
天野さん自身のようである。

その天野さんが、ぜひにとリクエストしたのが「もう森へなんか行かない」
「ぼくはもう森へ行かない」で始まるこの歌は、
思春期の少年の青く淡い恋、切なさ、儚さを唄ったもので、
まさに青く深い森にすっぽりと包まれるかのような歌。
以前クミコがスタジオ・ジブリのパーティーに呼ばれたとき、
宮崎駿監督もこの歌を「ゼヒに」とリクエストされたという。
天野さん曰く「クミコさんのこの歌を聴いていると『少年』に戻ってしまう」

歌においてのコトバの大切さ、コトバの臨場感。
そんな話しをしたあとに始まったライブは、
そのトークをぎゅっと凝縮したかのような歌ばかりだった。
会場の中には、クミコの歌を初めて聴く人も多かったはずだが、
その「歌」への集中力はすごいものだった。
たしかにクミコの歌はどんな時でも、
観客が静まりかえるほどに、会場の空気を収束させる力を持っている。
だが、初めての土地で初めての会場で、
これほど濃厚な空気が作りあげられることは珍しい。
さすが、天野さんが先導する「道後寄席」で
「感じる心」を鍛えていらっしゃる方々だ、と、
そのこと自体にも、いたく感動してしまった。

ライブが終わり、壇上に再び天野さんが登場しても拍手は鳴りやまず、
天野さんが笑いながら舞台の裾に向かって、
「クミコさーん、拍手がやまないんですけどぉ」と叫んだほど。
その会場を満たした「感動」は、終演後のサイン会を見れば明らかで、
並べられていたCDは完売、サイン会に並ぶ人々の長い長い列は、
「道後寄席」史上「記録的」なものとなったのだった。


この「道後寄席」の二日後から三日間、
先日のエントリーにも書いた「ふれあいホール」がBS2でオンエアされた。
考えてみれば、この「道後寄席」も「ふれあいホール」も、
どちらも「コトバ」と「感情」を伝え、表現する、
ということを中心に置いたプログラムだった。
いわば、クミコワールドの「ど真ん中」
あるいは「真っ正面」とでもいうべきもの。
彼女自身がずっと貫いてきた歌への姿勢を認める人がいて、
そしてそれを求め、感動する人々がいる。
表現者にとって、こんなに幸せなことはないのではないか。
もちろんそれは、彼女がどんなことにも「へこたれず」に、
なにくそっと正面を見据えてきたからなのだけど。

「ミ・メディア」の対談のとき、
あたしは小川洋子さんの「博士の愛した数式」を引き合いに出して、
初めは一部の人にしか受け入れられなくても、
それでもずっと「自分の世界」を貫き続けて、
それが何かのきっかけで、広く人々に受け入れられることになる、
そういうカタチが表現者としては一番の幸せなのでは、と言ったのだが、
クミコはまさに今そういう時期を迎えているのかもしれない。
ようやく機が熟してきたのかも。

何かひとつのものが爆発的にブームになって、
それに似通ったものばかりが氾濫する今の世の中に、
「いじわるばあさん」のように文句を言い続け、
「一方向へ流れることの危うさ」をぶつぶつと唱えてきたけれど。
でも、やっぱり同じように思っている人はたくさんいるのだ。
今の「流れ」に逆らうようなムーブメントが、
ようやく、ちらほらと見え隠れするようになってきた。
「かんたんで分かりやすい」ばかりの安直な娯楽なんかではなく、
ほんとうに良いもの。ほんとうに面白いもの。
そういうものを欲している人々が、蠢きはじめているような気がする。
これからの時代、求められるのは、
自分の世界を極めようと、自分を信じてこつこつと歩み続ける、
そんなヒト達なのかもしれない。
そうあってほしい、と、強く思う。
それが主流になって初めて「オトナの文化」が生まれるのだから。



クミコ公式WEB「茶目子劇場」
http://www.puerta-ds.com/kumiko/
ヒューマン・リポート 人間大好き  
↑ここに天野さんのインタビュー記事があります。
おもしろい!
やっぱり天野さんって素敵だ。
先日書いた記事「アトリエ水平線」で、
写真家の渡会さんともお話ししたカップヌードルのCMの事も出てくるし、
松山という土地の話しや、「不良老年」の話しまで。
これはもう必見、必読です。


◆◇◆

50fcb997.jpg

子規記念館の1Fのショップには、
子規や夏目漱石の本がずらりと並び、
彼らにまつわる便箋やポストカードも販売されている。
見ていると、どれも欲しくなって困る。
写真は、迷いに迷ってようやく選んで買ってきたもの。
子規の描いた絵。
「へちま」と「金魚」のポストカード。

今、子規記念館では、
「はがき歌」全国コンテストを開催している。
『正岡子規には、親しみとユーモアにあふれる短歌形式の手紙「はがき歌」があります。限定された詩形に、簡潔に用件をよみこむことで、送り手の気持ちが余韻となって伝わり、リアルな文学世界が日常生活に生きています。
 正岡子規のふるさと「文学のまち松山」から、短詩型文学の振興をめざして、「はがき歌」を募集しています。』

「短歌」ではなく「はがき歌」というのが面白い。
『短歌(五七五七七)形式の便り』であって、
『短歌形式なら31文字に限りません』という緩さ。
これなら気軽にトライできるかも。
メールでの応募もできるので、あなたもおひとついかがですか。



◆◇◆
↑の「はがき歌」のパンフにも書いてあるけれど、
松山というところは、
まさに『リアルな文学世界が日常生活に生きている』街だった。
人々の文化への意識、レベルがほんとうに高い。
どうしてなんだろう、と、不思議に思うほどに。
そのうえ、「自然」と「街」、「古いもの」と「新しいもの」が、
無理なく優しく調和していて、しかも、ゆったりと落ち着いている。
たぶん、松山は、日本でも珍しい「オトナの街」なのだ。
行って良かった。
うん。
も一度行きたい。

◆◇

旅立つ前も、帰ってきてからも、
なんやかやと書くことやることが色々あって、ちとドタバタと。
道後寄席のことは書きたいことがたくさんあるから、
書くとなるときっと長くなるだろうけど、
でも今長文を書くのは、なんだか億劫で、と、
あたしらしくもないことを思ったりしていました。
でも、書かないことには他のことにも手が付けられないし。
ってことで、えんやこらと(?)キーボードに向かったら。
こんなに長くなっちゃった……。
書き始めると止まらない、ってのは、相変わらずのようでして。
うぅ。
すいませんです。

長々とおつきあいくださって、ありがとー。


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