
そろそろ街もクリスマスに彩られ、日暮れに吹く風もひんやりと。
そんな昨日の夕方、予防接種を受けに行った。
インフルエンザのワクチン。
数年前、何十年かぶり(?)にインフルエンザにかかった。
40度以上の熱が続き、
さすがにこれはまずいとクリニックで点滴を受け、
あとはただひたすら眠り続けていた。
眠っては汗をかいて目覚め、パジャマを着替えてはまた眠り。
(その間、ミメオは洗濯乾燥機をフル稼働させていたらしい)
そんな眠りの途中で、ふと目覚めたあたしは、
ぼんやりとベッドの横にある時計を見た。
その瞬間、思ったのだ。
「これ、何だっけ」と。
なんと、それが「時計」だということが分からなかったのである。
それでもすぐに、ああ時計だ、と認識できたものの、
今度は「時間」が分からない。
寝過ぎて朝なのか夜なのか分からないとか、そういうことではなくて、
ただ単純に長針と短針が示しているものが何なのか、
それが何を意味しているのか、
そのことが分からなかったのだ。
もちろん、それは時間にしたら数秒のことだったのだろう。
すぐにその混乱は治まったのだけれども、
(じゃなきゃ今こんなふうにしていられない)
でも、その時はほんとうに怖かった。
子どもの頃は病弱だったから、「熱」には強いと自負していたのに、
やっぱりインフルエンザの熱は生半可なものじゃない。
あらためてそう思ったのだった。
で、それからは毎年ワクチンを受けるようにしている。
備えあれば憂いなし。
今年も予約をしてミメオとふたり、いつものクリニックに行ったのだ、が。
このセンセイが、また変なヒトなんである。
見た目はお調子者の渡辺謙という感じなのだけど(どんなだ)、
どこか拗ねた子どものようでもあり、
それでいて明るい体育系、という感じでもある(いったい、どんなんだ)
どうやら、ほんとは恥ずかしがり屋なんだけどそれを隠したいがために、
わざと「どうでもいいよ」みたいな態度を取る、らしいのだ。
甲状腺の定期検診のときなども、
「次回、血液検査をやるから○月○日に来てください」
と言っておきながら、その日時にいくと、
「ああ、ミメイさん、どうしました?」
「え、あの、血液検査を」(あんたが来いって言ったんだろうが)
「ああ、そうね、じゃやりましょうかね。ちょっとだけ」
ちょっとだけ、って……。
でも決して嫌味な感じではない。
むしろオカシイ。
つい「変なやつ」と笑い出したくなるようなオカシサなのだ。
万事がそんな調子だから、この日予防接種に行く道すがら、
ミメオとあたしは、今日もあの先生なんかやらかしてくれるのでは、
と言って笑っていた。
そう、予想はしていたのだけど。
診察室に入るやいなや、
「ああ、ミメイさん。それじゃやりましょうかね、ちょっとだけ」
そして差しだした腕をコットンで消毒しつつ、先生は眉をひそめて言った。
「知ってます?」
「は?」
「これは今日打っても、2週間は効かないんだよ」
「あ、ああ、はい」
「しかも」
と針を刺しながら、
「これを打ってもさぁ」
ここで急にコトバを切り、
「インフルエンザに、ね」
「……?」
そして、なぜか突然低い声でゆっくりと、
「か、か、る、ん、だ、よ」
先生! 患者を脅してどうすんですか!?
(と、実際あたしは思わずこう叫んでいた)
しかもその「効かない」注射を打ちながら、言うかな、ふつう。
「でもまぁ、もしかかっても症状は軽くなるっていうしさ」
と一応フォローする先生。しかし、さらに。
「でもね」
「はい?」
「風邪は、ひくんだよ」
あー、はいはい。わっかりました。
しかしどうも先生はしごくマジメにそう言うもんだから、
大笑いするわけにもいかず。
それからクリニックを出るまで必死に笑いを抑え続けていたおかげで、
あたしはもう腹筋が痛くなってしまったのだった。
いや、でも、悪い先生なんかじゃない。
今回はあんなふうに「脅され」たけれど、逆に深刻な話しのときには、
「なんてことないよ」という態度でいてくれるヒトなのだ。
こちらが「そんなテキトーでほんとにいいんかい」と、
笑ってツッコミたくなるような調子で。
実のところ、ほんとに腕がいいのか悪いのかはよく分からない。
でも、一緒に呑んだら面白そうなヒトだよな、
ということで、あたしとミメオは意見が一致したのでありました。
って、いいんか、それで。

暮れなずむ街角で、カーネル・サンタさんも、
うほうほ笑っておりました。




