sleepwalking@田川ミメイ

モノカキ田川ミメイのムック本「ミ・メディア」の元となった03~05年までのWeblogMook。なんでもありの夢ウツツ・データベース。

2005年11月

ワクチン騒動記

18f9957a.jpg

そろそろ街もクリスマスに彩られ、日暮れに吹く風もひんやりと。
そんな昨日の夕方、予防接種を受けに行った。
インフルエンザのワクチン。

数年前、何十年かぶり(?)にインフルエンザにかかった。
40度以上の熱が続き、
さすがにこれはまずいとクリニックで点滴を受け、
あとはただひたすら眠り続けていた。
眠っては汗をかいて目覚め、パジャマを着替えてはまた眠り。
(その間、ミメオは洗濯乾燥機をフル稼働させていたらしい)
そんな眠りの途中で、ふと目覚めたあたしは、
ぼんやりとベッドの横にある時計を見た。
その瞬間、思ったのだ。
「これ、何だっけ」と。
なんと、それが「時計」だということが分からなかったのである。
それでもすぐに、ああ時計だ、と認識できたものの、
今度は「時間」が分からない。
寝過ぎて朝なのか夜なのか分からないとか、そういうことではなくて、
ただ単純に長針と短針が示しているものが何なのか、
それが何を意味しているのか、
そのことが分からなかったのだ。

もちろん、それは時間にしたら数秒のことだったのだろう。
すぐにその混乱は治まったのだけれども、
(じゃなきゃ今こんなふうにしていられない)
でも、その時はほんとうに怖かった。
子どもの頃は病弱だったから、「熱」には強いと自負していたのに、
やっぱりインフルエンザの熱は生半可なものじゃない。
あらためてそう思ったのだった。

で、それからは毎年ワクチンを受けるようにしている。
備えあれば憂いなし。
今年も予約をしてミメオとふたり、いつものクリニックに行ったのだ、が。
このセンセイが、また変なヒトなんである。
見た目はお調子者の渡辺謙という感じなのだけど(どんなだ)、
どこか拗ねた子どものようでもあり、
それでいて明るい体育系、という感じでもある(いったい、どんなんだ)
どうやら、ほんとは恥ずかしがり屋なんだけどそれを隠したいがために、
わざと「どうでもいいよ」みたいな態度を取る、らしいのだ。

甲状腺の定期検診のときなども、
「次回、血液検査をやるから○月○日に来てください」
と言っておきながら、その日時にいくと、
「ああ、ミメイさん、どうしました?」
「え、あの、血液検査を」(あんたが来いって言ったんだろうが)
「ああ、そうね、じゃやりましょうかね。ちょっとだけ」
ちょっとだけ、って……。
でも決して嫌味な感じではない。
むしろオカシイ。
つい「変なやつ」と笑い出したくなるようなオカシサなのだ。

万事がそんな調子だから、この日予防接種に行く道すがら、
ミメオとあたしは、今日もあの先生なんかやらかしてくれるのでは、
と言って笑っていた。
そう、予想はしていたのだけど。

診察室に入るやいなや、
「ああ、ミメイさん。それじゃやりましょうかね、ちょっとだけ」
そして差しだした腕をコットンで消毒しつつ、先生は眉をひそめて言った。
「知ってます?」
「は?」
「これは今日打っても、2週間は効かないんだよ」
「あ、ああ、はい」
「しかも」
と針を刺しながら、
「これを打ってもさぁ」
ここで急にコトバを切り、
「インフルエンザに、ね」
「……?」
そして、なぜか突然低い声でゆっくりと、
「か、か、る、ん、だ、よ」

先生! 患者を脅してどうすんですか!?
(と、実際あたしは思わずこう叫んでいた)
しかもその「効かない」注射を打ちながら、言うかな、ふつう。

「でもまぁ、もしかかっても症状は軽くなるっていうしさ」
と一応フォローする先生。しかし、さらに。
「でもね」
「はい?」
「風邪は、ひくんだよ」
あー、はいはい。わっかりました。

しかしどうも先生はしごくマジメにそう言うもんだから、
大笑いするわけにもいかず。
それからクリニックを出るまで必死に笑いを抑え続けていたおかげで、
あたしはもう腹筋が痛くなってしまったのだった。
いや、でも、悪い先生なんかじゃない。
今回はあんなふうに「脅され」たけれど、逆に深刻な話しのときには、
「なんてことないよ」という態度でいてくれるヒトなのだ。
こちらが「そんなテキトーでほんとにいいんかい」と、
笑ってツッコミたくなるような調子で。

実のところ、ほんとに腕がいいのか悪いのかはよく分からない。
でも、一緒に呑んだら面白そうなヒトだよな、
ということで、あたしとミメオは意見が一致したのでありました。

って、いいんか、それで。
9933e03b.jpg



暮れなずむ街角で、カーネル・サンタさんも、
うほうほ笑っておりました。


クミコPV

03a88b89.jpg

なんと。
パソコンテレビ「GyaO」にて、
クミコの新曲「さよならを 私から」のPVが全編見られます。
「GayO」を視聴するには登録が必要なんだけど、
ほんとに簡単な登録だけでOKだし、もちろん無料。

パソコンテレビ「GyaO」
http://www.gyao.jp/
カテゴリー「音楽」→「Crip ring」→「11/16ON AIR」
→「さよならを 私から」

すでに登録済み、というの方は、↓からどうぞ。
http://www.gyao.jp/sityou/catedetail/contents_id/cnt0009318/

この「さよならを 私から」という歌は、
今までにくらべて「歌謡曲」っぽい印象があるかもしれないけど。
でも元々、「コトバ」を血肉化して、
「感情」を「伝えたい」という彼女の歌には、
ジャンルなんて関係ないのだ。
あえて言うなら、「ジャンル」は「クミコ」なのだから。
「ナマモノ」の歌を唄う彼女の真骨頂はもちろんライブだけど、
唄うクミコを初めて見るというヒトなら、
このPVだけでも、けっこう圧倒されるかも。
とにかくキレイだし。
うん。
オトナのオンナってカッコイイ。

「11月27日正午まで」ということですので、お早めに?!

さよならを 私から
エイベックス イオ
?1260



子どもの頃、どんな本を読んでいましたか?

a6bdce8e.jpg

モノカキ関係のヒトと初めて会うとき、よくこんなふうに聞かれたりする。
「子どもの頃、どんな本を読んでいましたか?」
なぜかあたしはいつもしどろもどろになってしまう。
子どもの頃……。えーと、あの、その。

たしかに幼稚園にあがる前から、本はトモダチだったけれど、
こう聞かれたときに、どんな作家名や作品名をあげればいいのか。
中高時代には宮沢賢治や寺山修司が好きでよく読んでいたから、
そう答えればいいのだろうし、結局はそう答えるのだけれど。
でもそれだけじゃないはずだ、と、胸の中では思っている。
「子どもの頃」というのなら、特に。

本は、いつも身の回りにあった。
おこづかいを握りしめて本屋に走ったりもしたし、
学校の図書室から本を借りることも多かった。
夢中になって読んだ本は、それこそ無数にあったはず。
なのに、思い出そうとしても思い出せない。
そのひとつひとつの題名や作家名が浮んでこない。
なんだっけ、誰だっけ、と焦るような想いで、
記憶の中の本棚に目をこらしても、
そこには何も書かれていない背表紙が並んでいるだけで、
あたしはいつも自分が記憶喪失になったような気がしてしまうのだ。
いや、もしかして「いつも本を読んでいた」というのは、
単なる思いこみに過ぎないのかも。
そんなふうにさえ思えてきて、なんだかやたらに不安になる。

ところが。
ここのところ、ちょっと必要があって自分の履歴を書いたりしていた。
自分にとって「読む」ことや「書く」ことはどういうものだったのか、
そんなことを軸に、生まれた時から今日までのことを、
他人の人生を眺めるようにして、ひとつひとつ書きだしていた。
と。
少しずつ、見えてきたのだ。
背表紙どころか、その本の表紙が。
そういえばあの頃は、こんな絵本が好きだったとか、
あの物語に夢中になっていた、とか。
あれも読んだし、これも読んだ、そうそうあんなのもあったっけ。

51c485f7.jpg
そうやって思いだしてみて、初めて、
「子どもの頃何を読んでいたか」分かってきた。
考えてみれば、子どもの頃、あたしは実に「年相応」だったのだ。
うんと幼い頃に好きだった絵本は、
誰もが知っている「一寸法師」や「鶴の恩返し」等の昔話だったし、
グリムやイソップ、そしてディズニーもひととおり読んでいた。
どんな物語だったかうろ覚えではあっても、
その本に描かれた挿絵や色合いをうっすらと覚えている。
もう少し大きくなると「赤毛のアン」や「あしながおじさん」のような
少し長い「物語」を読みはじめて、
やがてオトナの本(小説)を読むようになり……。

なんだ、ちゃんと読んでいたじゃない。
そう思って、あたしはちょっとほっとした。
その遍歴はあまりにも自然で、あまりにもフツウで、
だからこそきっと「思い出せない」ような気がしてしまったのだ。
特筆するような「コレ」というものじゃなく、
誰もが知っているようなものばかりだったから。
まるで面接のようにして「子どもの頃、何を読んでいたか」と聞かれると、
その答えで、自分の書く力や読む力を判断されるのでは、と思ったりする。
相手の顔がリトマス試験紙のように見えてきて、
青か赤か、と、待ちかまえている相手に対して、
「コレ」というものを差しださなけれならない。
そんな気さえしてしまう。
だから自然に誰もが知っているような物語や作家を、
蚊帳の外に置いてしまったのかもしれない。
カウントしようとしなかったのだ。

でも今回思いだしてみて、
そしてうろ覚えだった物語をネットで調べてみたりして、
決してそんなことはないのだと思い直した。
子どもの頃に好きだった「あしながおじさん」や「赤毛のアン」は、
今読み返しても面白いと思えるだろうし、
そして実はすごく深い物語だったりするのだ。
そういう物語を「カウント」の対象外にしてしまうなんて、
なんて失礼なことだろう。
本に対しても、その著者に対しても。
あたしは「思いだした」ことにちょっと安堵しつつも、
おおいに反省したのだった。

「子どもの頃に読んでいた本は」
そう聞かれたら、これからは
「かえるの王さま」とか「赤毛のアン」と答えてみようかな。
堂々と。

うふふ。


あなたは子どもの頃、どんな本を読んでいましたか?



◆◇◆

こんなことをやっていたせいだろうけど、
昨日、「かえるの王さま」の夢を見た。
なんとも単純。

ところで。
著作権の切れた小説を無料で公開しているhttp://www.aozora.gr.jp/には、
こういう「誰もが知っている」ような童話もちゃんと入っているんですね。
「赤ずきんちゃん」もあるし「かえるの王さま」も。
うーん。今まで気がつかなかった。
(ここでもまた「対象外」にしていたらしい。反省)
その数はまだ少ないけれど、
「青空海外子ども文庫への道(仮)」
http://www.biwa.ne.jp/~maerd/aozora/aozora_childlen.html
という頁もできているようなので、今後に期待しておりまする。
ぜひ、「あしながおじさん」とかも入れてほしいなぁ。
「あしながおじさん」はアニメでもやっていたけれど、
こういうものはやっぱり「読む」ほうが数段面白いと思うから。
今考えてみれば、あれは恋愛小説でもあったと思うし。
主人公のジュディが書いた「作文」の「ゆううつな水曜日」
そのタイトルからして、なんて素敵なんだろうと思ったり。
うーん。
オトナになった今、もう一度読んでみた本はいっぱいあるかも。

f5253855.jpg
そして、その「青空文庫」が「本」になったのだそう。
「aozora blog」
http://www.siesta.co.jp/aozora/
あの膨大な、そして貴重なテキストを無料で提供しているなんて、
そしてその労力を考えたら、ほんとにすごいことだと思う。
これはぜひ読んでみなくては、ね。
「青空文庫」に敬意を表して。
インターネット図書館 青空文庫
野口 英司 (編集)
価格: ?1,575 (税込)
出版社: はる書房 ; ISBN: 4899840721 ; (2005/11)



◆◇
TOP画像は
かえるの王さま
絵本・グリム童話
著者:矢川澄子 /梶山俊夫
出版社:教育画劇
発行年月:2001年10月
ISBN:4774605069
価格 1,200円 (税込 1,260 円)

雑誌のアレコレ


今日は珍しく雑誌のあれこれ。

最新号のクウネルのBOOKの頁に、
小川洋子の自宅が載っていた。
静けさが伝わってくるかのような、落ち着いた、
ちょっと昔の「勉強部屋」を思わせるような部屋。
いかにも小川洋子らしい、と思ってしまうのはなぜだろう。
「博士の愛した数式」と「ブラフマンの埋葬」について、
記事には、
『長年の読者の中には、これがあの小川洋子の作品なのだということに
ある種の驚きを覚えた人も、少なからずいたはずだ。』
と書かれているけれど、あたしは全くそうは思っていなかった。
たしかに『妊娠カレンダー』や『まぶた』などには、
『生々しいモチーフや悪夢のようなシーン』が多くて、
『博士…』や『ブラフマン』には、そういうグロテスクな場面が少ない。
だけど、底に流れているものはおんなじだ。
たぶん小川洋子にとっては、欠けた薬指や眼球や舌も生き物も、
月も水も数式も記憶も、みんな『美しい』もの達なのだ。
生々しいものの儚さ、儚さゆえの美しさ。

『博士…』の時には「数式」という特異なモチーフと、
賢く優しい少年が出てくることで、
その「美しさ」が穏やかに感じるだけのこと。
でもそこには記憶を「失う」博士がいて、やがては博士の命も消えていく。
ブラフマンだって、そうだ。
生き物を胸に抱いたときの、あの柔らかさ、温かさは、
たまらなく愛おしいものであるけれど、
命の生々しさを強く感じる瞬間でもある。
その命さえも、儚く一瞬にして消えていく。
小川洋子の描く世界はどれも、その生々しさや儚さを、
うっとりと眺めるかのような小説なのだ。
それはデビュー作からブラフマンまで、ずっと変わっていない。
ある意味で、小川洋子の小説は極上の耽美小説なのだと思う。

記事の中で小川洋子はこう言っている。
『人が求めるものより、そのとき自分が書けるものを書いていく』
ファンとして、これからもずっとそうあってほしいと思っている。
いや、彼女なら誰がなんと言おうとそうするだろうけど。ね。


◆◇◆

今発売中の「女性セブン」12月1日号に、
クミコのインタビュー記事が載っています。
「新われらの時代に」というコーナー(P70?76)で、
7ページの特集記事掲載。
記事としてもよくまとまっていて、
彼女の人となりをも感じさせるヨミモノになっているような。
興味のある方はぜひ。

ちょっと笑ってしまったのは、その記事に使われている写真。
彼女が唄っている写真のその奥に、
ミメオとあたしが小さく写っているのだけど、
その顔がうやむやな感じに消してあるのだ。
一般人であっても(だからこそ?)顔が分かるような写真を
勝手に載せてはいけないという配慮からなんだろうけど、
でも「のっぺらぼう」とは。ねぇ。
なんだかおかしい。

11790699.jpg
ところで、11月16日にクミコの新曲が発売されました。
『さよならを私から』
そして21日は渋谷のシアターコクーンでコンサート。
(ほぼ完売のようですが。↑サイトにてご確認を)
その他のコンサート情報などは、こちら↓にて。
クミコ公式サイト「茶目子劇場」
<a href="http://www.puerta-ds.com/kumiko/">http://www.puerta-ds.com/kumiko/</a>

◆◇◆

雑誌といえば、美容院。
以前は、美容院に行くのが楽しみだった。
ふだん手にしないような雑誌が山のようにあって、しかも読み放題。
それに人の手によるシャンプーは、極上のリラクゼーション。
が、しかし。
こうして万年睡眠不足生活になってからは、
美容院に行くのが苦痛になってしまった。
何が大変って、睡魔との戦い。
じっと座っていると、あっという間に睡魔がやってくる。
それに抗う辛さといったら、もうほとんど拷問だ。
学校の授業中や電車の中なら、多少こっくりしたところで、
それほど目立たないし、そんなにおかしなことじゃない。
でも美容院のカガミの前で、こっくりするのはハズカシイ。
かっこわるいし、何より美容師さんが困ってしまう。
なにしろ刃物を持っているのだもの。
だから美容院に行く前日は、もう戦闘態勢(?)にならざるをえない。
できるだけ睡眠をとっておく。
それが何よりも大切。

というわけで、もう寝ます。
そう、明日朝イチで美容院に行くもので。
むはは。


ではでは。

おやすみなさいませ。

 




移行中につき

公式WEBの新装開店、ちと遅れております。
今までのWEBカキモノを総決算(?)したりしているので。
WEB制作の方もデザインやらシステムやらあれこれ考えて下さっているようで、
こちらも難航中。

それにしても、テキストの量が自分で思っていたよりもずっと多くて、
いつの間にこんなに書いたんだろう、と思ったり。
で、現在稼働中のライブドアブログも、
新WEBオープン時に新装開店する予定なので、
今まであちらに書いていたものをこちらにせっせと移しています。
めぼしいもの(?)だけを。
ここはなにしろここが一番テキスト量が多いので、
これをすべてヨソへ移すのは至難の業。
なので、たぶんここはずっと残しておくつもり。
つまりは、カキモノ蔵のような感じでしょうか。
もし「あの時書いてあった占いは何だったっけー」などという時には、
ここに来て検索してみてくださいね。
もしかしたら残っているかも。
(消えちゃってたら、ごめんなさいー)

時々ここを訪れてくださっている方は、
突然日付の古い記事がアップされたりして、
その不穏な動き(?)に驚かれるかもしれませんが、
どうぞよろしくお願いしますー。

livedoor プロフィール
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ